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「ラブドール」変遷史 進化するダッチワイフ

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「南極1号伝説」


 無口な「恋人」として多くの男たちを慰めてきた「ダッチワイフ」。その歴史をひもといたノンフィクション「南極1号伝説」が話題だ。「南極1号」の意外な誕生秘話から、ダッチワイフから最新のラブドールに至る進化の変遷までを網羅している。登場するのは、メーカーからマニアまで、「人形」を愛するディープな面々だった。

 1日付の全国紙に、おもわずギョッとする本の広告が掲載された。タイトルは「南極1号伝説」。「南極1号」すなわちダッチワイフの歴史を描いた異色のノンフィクションだ。

 インパクトある広告効果もあってか、発売4週間で東京書店の週間ベストセラーで2度ランクインする健闘ぶりだ。

 「進化したダッチワイフ、ラブドールのマニアが作ったサイトを見たのが書籍化のきっかけ」

 作者の高月靖氏(年齢非公表)はこう語る。

 同書では「江戸時代には吾妻形人形という性具の記録も残っている」と、「特殊人形」の起源も紹介。

 南極観測隊が持参したという「南極1号」にも触れ、「元隊員の北村泰一、西堀栄三郎両氏の著書に出てくる『ベンテンさん』のことだと思われます」(高月氏)と明かしている。

 原型はマネキン。ゴムとプラスチック製の局部、お湯を入れる金属缶が設置された簡単なものだったというベンテンさん。当時の報道などによると、使われることはなく、処女のまま帰国したという。

ラブドール/オナホールの歴史


 木や石で等身大の像を造ることは紀元前の昔から行われていたが、宗教用や観賞用であって、性交機能は当然なかった。性交以前の抱く用途であっても、模擬人体は軽くなくてはならず、抱き用人形の最初は、材料に竹が使われた。
 ダッチワイフとは本来、竹で編んだ中空の抱き枕のことである。今から2000年ほど前には、竹細工の盛んな中国・朝鮮半島で使われていたという。夏に抱くと通気性が良くて涼しいのだ。これを竹婦人といい、シルクロードを通り西洋にも伝えられた。
 堅い竹素材とはいえ、抱き枕はもともと抱くと癒されるもの。昔の人も、中空スカスカな胴体だけのオブジェに対してハァハァした。このように、抱きついて、抱いたまま射精できれば、相手が人間でなくても欲求は充分に満たされる、という事実は昔から広く受け入れられていた。
 ホールなどなかった時代、竹婦人でのプレイは竹の籠目に肉棒を挿入し、皮を支えて腰を振る皮オナニーだったと考えられる。竹のササクレは非常に危険だっただろう。
 当時は宗教上の理由でオナニーが罪悪とされ、オナニー器具に関しても見下されたイメージが付けられる。とくに、イギリス人のオランダ人に対する蔑視から、竹婦人をダッチワイフ(オランダ妻)と呼ぶようになった。これは後に、政治的に正しくラブドールと言い替えられるようになる。
 現在、ダッチワイフは死語に近い。ただし我が国では、シリコーン樹脂で注型されたような高級機をラブドールと呼ぶのに対し、安価な空気式を(昔ながらの)ダッチワイフと呼んだり、あるいは性交専用機をダッチ、写真撮影などを含めた生活全般のパートナーとしての人形をラブドールと呼ぶなど、使われ方で分類することもある。
 オナホールは女性用バイブと比べれば歴史は浅い。女性用の動かない張り型としては昔から「こけし」やズイキ、象牙などが普及していた。また、細長いローターバイブは1960年代前半に日本で発明された。初期はプラスチック製で、後にゴム様の肉質カバーがかぶせられるようになった。これは女性が一人で楽しむだけでなく、男女のプレイにも責め具、サポート具として使われる。片や女性がホールを持って男性を責める図式はめったにない。社会的にも男性はセックスのリード役を強要され、また男性側にも女体至上主義のようなものが長いことあった。このあたりの思い込みがサバけてきた背景には、ジェンダーフリーな風潮もある。
 そもそも、バイブ素材でホールを作っても痛いだけだ。勃起したチンポの堅さを目指すバイブに対し、ホールはやわらかく受け止めて飲み込むことが求められる。普通のソフビではバイブは作れても、ホールのやわらかさは長いこと実現できなかった。ソフビにさらに溶剤を混ぜて油まみれにしたり、スポンジを使ってやわらかさを出す製品も出たが、多くは伸びが悪く、こすると痛かった。80年代前半まではピストンするものではなく、とりあえず筒に入れて内蔵バイブの振動で射精するような電動式が主流だった。
 伸びの良い、いわゆる「新素材」が出てきたのは80年代後半に入ってから。この技術革新で、肉厚・細穴で気持ち良く飲み込むホールが実現でき、性感は生身の女性を超えた。電動メカニズムは、射精に必要なものではなくなり、味付け機能として一部のロボット系オナマシンに分かれ、進化を続けている。
 90年代になると、アメリカから「NASAが開発した素材」というお約束の触れ込みで、リアルな人工性器が登場した。ハリウッドの特撮会社からスピンアウトした造形師がポルノ女優から型を取ってホールを作ったり、男優から張り型を作ったりしたのだ。日本のメーカーが今まで自粛していたリアルな性器造形である。当初、輸入業者は猥褻物陳列に当たらないか、通販で試していたが、やがて店頭販売するショップが現れた。ヘアヌードが定着した世の中にあって、リアル造形も問題ではなくなってきた。
 2000年代に入ると、大型ホールという新ジャンルが躍進する。実物大の尻、胸に穴が空いていて、軽くて1kg、多くは5kg,大きいものでは16kgといった、シリコン式ラブドールの部分版とも呼べる製品である。また、身長100cmクラスの小型ラブドールも現れ、ドールとホールの境界は曖昧になりつつある。
 このリアル路線とは並行して、アニメ、ゲームを筆頭とするオタクメディアが日本の主要文化として成熟してくる。オタク・クリエーターは理想の女性像を男性の手だけで創造、発見、展開する。男性同士が、そうした仮想女性を介して共感、コミュニケーションする。いわゆる「萌え」によるキャラクターのメディア化である。理想の女性(男性でも動物でも異星人でもいいけど)キャラクターには理想のオナホールを装備、というわけだ。アニメキャラクターをパッケージに採用したり、ホール側面にキャラクターを彫刻したのは日本独自の発想であろう。萌え絵プリントの抱き枕カバーもラブドールの歴史の伏流としてとらえることができる。
 ラブドールは、竹婦人の実用性を求める人たちと、彫像崇拝、人形愛、人形フェチの性指向を持つ人たちによって育てられてきた。南極越冬隊の「南極n号」、あるいは不治の性病を恐れてなど、生身の人間の代替物として使われることもあるけれど、本来は性的マイノリティの必要に迫られて発生したと考えた方が自然だ。
 空気式は浮き袋と同じ素材、製法で作られ、70年代にはアダルトショップに並ぶほど、かなり初期から存在した。「ダッコちゃん」の等身大版に股間穴を開ければ、という発想も見られた。
 キューピー人形に使われるソフトビニールで等身大人形を作る方向も空気式と同じ頃に発生した。造形の自由度が高いため、着せ替え性能も進んだ。また、内部にバイブレータやヒータを設置し、体温付きで振動する製品も実現可能となってきた。後に、オリエント工業がラテックスで等身大人形を製造する。
 この流れで、業界ではマネキン人形のラブドール化が進行する。高級機では大量生産の発想はなく、1体100万円を超えるものも存在した。
 80年代後半になると、ハルミデザインズがウレタンスポンジ製のラブドールをリリースする。中空でなく、マネキンでもない独特の感触を持ち、しかも軽量とあって大ヒットとなった。ラブドールの量産化に成功した初期の例である。
 90年後期には、従来消しゴムほどの堅さであったシリコーン樹脂に、油を混ぜて人肌の柔らかさを出すメーカーが現れる。注型式重量級ラブドールのブームが起こる。ただし、製品は油まみれで、扱いには熟練と体力が必要。それゆえに大人の高級な趣味となっていった。95年にはインターネットの商用利用が解禁され、ネットによってラブドールユーザーの声がメーカーに直接届けられるようになる。
 この頃、永らく同じようなデザインが続いていた空気式にアニメタッチが導入された。また空気式の外観を単純な形にし、表裏にそれぞれ写真やイラストをプリントしただけの亜種「ラブピロー」が現れた。低価格帯の空気式ドールはオナホール固定の専門器具として根強いファンが存在する。
 そんな中、2002年、パウダービーズクッションブームにヒントを得た木偶の坊が性感クッションを開発。2005年にはこの方式で軽量系等身大ラブドールをリリース。感触と実用性で今までにない領域を埋めた。
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