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ピグマリオンの部屋

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 最初は、お金を稼ぎたいからこの仕事をしようと思った。
 しかし、仕事をすればするほど、介護になんて本気になるつもりがないと思っている のに、現状の問題に突き当たり、見て見ぬふりができなくなった。障害者のお客様から お金をもらってサヨナラして、後はきれいさっぱり忘れている、ということができなか った。それまでは、介護というのはただ単にオムツを替えるとか、着替えを手伝う作業 のことを呼ぶのだと認識していた。しかし実際はそうではなくて、コミュニケーション の手段なのだと知った。
 なぜ、私が、障害者専用のデリヘルをはじめたのか。
 その前に、なぜ以前に風俗で働こうと思ったのか。それは、最初に書いた通り、会社 の倒産といういきさつが確かにあったからですが、私の父が数年前に倒れたということ も大きく関係しています。
 父は、ひとりでいるときに倒れ、発見されたのは半日ほど経ってからだったようです。 脳の病気でした。病院に運ばれた後、翌日まで持つかどうか、といわれました。しかし その後、数ヶ月眠ったままで、一時は植物人間になるのではと危惧されたのですが、約 1年後、退院できるまでに回復しました。手足の麻痺もリハビリで取れて来たものの、 現在でも記憶の部分に障害が残り、障害者に認定されました。私の父も障害者なのです。
 当時、母は父の看病にあけくれ、妹も学生でした。入院費やその間の生活費は、私が 稼ぐしかなかったのです。父が倒れたときは、親戚から何度も家に帰るように説得され ましたが、わがままを通し、ひとり暮らしをしながら実家に微々たる金額を、送金し続 けました。
 父の入院を機に転職しましたが、いろいろあって二度の転職をしたのは最初に書いた 通りです。
 途方に暮れた私が選んだ仕事が、風俗。転職活動に疲れきり、でも誰にも金銭的には 甘えられないという中で、これしかないと決めた道。母には、「派遣で働いているが、 給料はいい」といって、怪しまれない程度の金額を送り、後はいつなにが起こるかわか らないからと、貯金。実に質素な風俗嬢だったと思います。
 障害者専用の、というこの職種。確かに、以前風俗で働いていたという経歴が、少し でも障害者の方に役立てば、という思いもありました。と同時に、父への罪滅ぼしとい うか、どこかに負い目があるからしていたのかもしれません。親だから素直にできない こと、そして他人だから優しくできることもあるのです。そのあたりは勝手な私の考え ですが、ご理解いただけたらありがたいです。

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 この仕事の面接に行こうと思ったときは、割りのいいアルバイト、という感覚でしか ありませんでした。しかし、すぐに私が想像すらしていなかった現実に直面することに なりました。障害者の持つ悩み、風俗業界についての問題点などを目の当たりにして、 いろいろなことを考えるようになったのです。
 風俗と呼ばれるところ。そこは、「男性が快楽を求めていく場所」という、どこか背 徳的なイメージを持っている人も多いと思います。また、そこで働いている女性、いわ ゆる風俗嬢と呼ばれる人たちのことを、ふつうの女の子とはなにかが違う、と思ってい る人も同じくらい多くいると思います。男性でも、女性でもです。特に女性の場合は、 お客として利用することができないわけで、そういうお店が実際はどういうことをして いるかも知らない人が多いだろうし、不潔、不衛生といったイメージを持っている人も 多いのではないでしょうか。また、直接口に出してはいわなくとも、風俗で働いている 女の子はどこか貞操観念や倫理観が欠落しているとか、金銭感覚が麻痺していそう、と 蔑んで見られがちです。利用したことがある男性も、存在を知っているだけの女の子も、 隣り合わせで生活をしていながら、「風俗嬢は自分とは違う世界の住人」として、線を 引きたがっているようにも感じます。
 まして、身体障害者を対象とした性的サービスをしていたというと、どうしてその仕 事を選んだの? と、動機を知りたくなる人はたくさんいることでしょう。
 もしかしたら、そういった社会的に弱い立場の人を食い物にしようとする、悪質なサ ービスと感じられる方もいるかもしれません。
 私は、障害者と接してみて、「社会的弱者」などとはまったく思いませんでした。足 が不自由、目が見えないということは、もちろん大きなハンディキャップであることは 否めません。しかし、性的なサービスを通して障害者と知り合った私にとってそれは、 背が高い人もいれば、低い人もいる、という程度にしか違いませんでした。
 どのお客様も、健常者とまったく同じように「肌に触れたい、一緒にいたい、性的な 興奮を味わいたい」という欲求を持った、ひとりの男性に過ぎなかったのです。それな らばなぜ、健常者の男性と分けた、<専用>という形でサービスを行うのか? そうし たサービス自体が差別的なのでは? そういう疑問を抱く方もたくさんいるでしょう。 私自身、同じ疑問を今、心に持っています。なにが正しくてなにが間違っているのか。 いろんな意見があるだろうし、そうした意見をひとつでも多く聞いて、考えていかなく てはならないことは、たくさんあるような気がします。

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 1960年代に北欧諸国から始まった社会福祉をめぐる社会理念の一つとして、ノーマライゼー ション(normalization)があります。「障害者を排除するのではなく、障害を持っていても健常者 と均等に当たり前に生活できるような社会こそがノーマルな社会である」という考え方です。
 ノーマライゼーションの理念が誕生したデンマークは、地方分権が確立し、民主主義が国民に広 く定着した、社会福祉先進国です。高福祉、高負担の考え方が国民全体に認知され、先進的な社会 保障制度をもつ福祉国家、生活大国として知られており、著名人としては、これからとりあげるノ ーマライゼーションの提唱者バンク‐ミケルセン(Bank-Mikkelsen,N.)が有名です。
 バンク‐ミケルセンは、ノーマライゼーションの理念を社会において適用させるために重要な要 素が3つあるとして、「生活条件(condition of life)は、住居の条件(housing condition)、 仕事の条件(working condition)、余暇の(leisure)の条件の三側面から検討しなければならな い。」と述べています。
 その3要素にプラスして挙げられるのは「自然な性生活をする権利」です。専門家はバンク‐ミ ケルセンの論を以下のように解説しています。「『障碍者(障害者)の性生活を自然な目で見るこ と』が重要なことであり、『自然な性生活をする権利』が地域社会の成人と同様にあたえられなけ ればならないのです。」
 以前は、キリスト教という問題もあり、デンマークにおいても、知的障害者の男女の性に関して の配慮は遅れていました。バンク‐ミケルセンは、この問題の解決のむずかしさについて、以下の ようにも述べています。
「性生活の権利は人間の基本的な権利ですが、また、全世界のほとんどの場所で知恵おくれの人か ら奪われていた権利でもある。デンマークでは原則として知恵おくれの人の性生活の権利が受け入 れられている。しかし、そこには手続きに関するたくさんの問題があり、この原則が全市民に受け 入れられるようになるまでは長い時間がかかるだろう」
 北欧デンマークは、自由恋愛の国と言われています、デンマークを訪れたことがある人なら、高 齢者も障害者も、夫婦生活や男女生活をエンジョイしている姿を、見たことがあるでしょう。日本 の場合には、障害者や高齢者同士の恋愛については見て見ぬふりをしているように思えます。しか し、障害者や高齢者が人間らしい普通の生活をおくるためには、健全で健康的な男女の性の楽しみ を持つということも、必要なことなのです。
 「障碍(障害)を持っている人の生活条件を可能な限り障害を持っていない人の生活条件に引き 上げる」というのが、バンク‐ミケルセンが提唱するノーマライゼーションの理念です。そのため には、障害者や高齢者が「自然な性生活をする権利」も尊重していくべきなのです。

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